「警察に逮捕されたことはないけれど、交通違反で捕まったことはある。」という方は意外と多いのではないでしょうか?

今回は警察官が交通取り締まりをする際に意識している『告知基準』についてご紹介します。

告知基準に達しない限り、交通違反しただけでは切符を交付されない

警察の内部事情を知らない一般人は、運転中に携帯電話を使用したり赤信号を無視したり、一時停止の交差点でちゃんと停止しなかったりしたのを警察官に見つかると即交通違反として捕まる(検挙される)ものだとイメージしているかと思います。私も警察官になる前まではそう思っていました。

しかし実際の交通取り締まりの現場では、交通違反の種類によって告知基準と呼ばれるものを設定しており、法律的には取り締まれるような場合でも告知基準に達しない限りは切符を交付されたり違反金の納付を求められたりすることはありません。

告知基準とは?なぜ告知基準が設定されているのか?

告知基準は大雑把に説明すると、「このレベルまでやっていたらさすがに運転手も自分が違反しているって自覚があるよね?だから切符を切ったとしても後からクレームにつながることはないよね?」というもので、告知基準をオーバーした違反だけが「さすがに運転している人も違反だと認識しているだろう。だから警察側も堂々と違反切符を切れる。」というものです。

 

たとえば速度違反の場合、40キロ制限の道路を”時速41キロ”で走行していただけでも厳密には速度超過違反になります。

しかし時速40キロと41キロの違いはごくわずかです。目に見えるほどの違いはありませんし、仮に1キロオーバーの車が事故を起こしたとしても時速40キロと41キロで事故の結果に大きな差が出るとは考えられません。

交通取り締まりは「事故を起こす危険性のあるドライバー(標識を見落としてしまったり遵法意識の低い人)を早期に発見し、速やかに道路交通の場から排除すること」を目的に行っています。しかし速度をたったの1キロオーバーしただけのドライバーは果たして”危険なドライバー”と呼べるでしょうか?

 

警察が取り締まりをしたり犯人を検挙したりする際には、常に「事件(交通違反)が揉めて裁判になったときでも自信を持って警察の正当性を主張できるかどうか」を意識しています。

たったの1キロオーバーしただけの違反では、仮に裁判になったときに警察の正当性を主張できるとは考えられません。だから警察ではこのような場合、たとえ法的には交通違反として検挙できる場合だったとしても検挙(切符の交付)は行わず警告だけに留めます。

そもそも1キロ程度の違いであれば、乗っている自動車の速度メーターの個体差によって誤差が出てしまうことが考えられます。取り締まっている警察側の計測機器の誤差の可能性だってあるでしょう。違反なのか違反ではないのかを判断しにくい曖昧で微妙なグレーゾーンでは運転手側も違反だと認識できていない可能性が高く、あとでトラブルに発展する可能性が高いです。違反者が違反に納得していないと、最悪の場合「警察が国家権力を濫用している」としてメディアにリークされ袋叩きにされる可能性だってあります。

そういったトラブルがないようにするため、そして仮に違反者がゴネて裁判まで発展した場合でも警察が勝てるようにするために告知基準が設けられています。

告知基準を満たしていれば裁判になったとしても、「ここまでやっていたのだから違反者もさすがに自分が違反しているという自覚があったはずです。確信犯なのだから情状酌量の余地なし!」と法廷で証言することができ、警察側が裁判で負ける不名誉な事態は避けられます。

告知基準の例

前置きが長くなりましたが、いくつか告知基準の例を見ていきましょう。ここでご紹介するのは私が警察官だった10年近く前の話ですし、都道府県警によって告知基準が違う場合もありますので「この程度なら切符を切られることはない」という保証にはなりませんのでご了承ください。

30キロ道路でのノーヘル

バイク用のヘルメットを被らずに公道でバイクを運転していると『乗車用ヘルメット着用義務違反』として白切符を切られます。(違反点数1点、反則金なし)

ただし制限速度が40キロの道路だった場合という告知基準があるため、30キロ道路をノーヘルで走っていたとしても警察官に制止され警告を受けることはありますが、白切符を交付されることはありません。

警察官が白切符を交付してしまった場合、署の交通課や都道府県警の交通反則センターの方で「これは違反として認識されにくいなあ…」と差し戻し(違反の取り消し)になる可能性が高いです。そのため警察官が30キロ道路でノーヘルを発見したとしても切符は交付せず、警告だけに済ませます。

私も一度だけ30キロ道路でのノーヘルを発見して白切符を交付したことがありますが、違反者と別れたあとに現場が30キロ道路だったことを思い出し、慌てて電話で呼び戻して切符を回収したことがあります。

一度切符を交付しておきながらその直後に取り消しになったら違反者側も不思議に感じるはずなので、「速度も出ていなかったしあなたと話をしてみたら法律をちゃんと守ろうとしてくれている善良な方だったので、私の方で念のため署の交通課に問い合わせてみたんです。そうしたらあなたの事例では切符を交付しなくもいいんじゃないか?という結論に達しまして。こうして電話でお呼びしてもちゃんとすぐに戻ってきてくれましたし、ヘルメットも今はちゃんと被っています。なので今回は特別に警告ということにして、切符は切らないことにします。」と適当な言い訳でごまかして、なんとか切符を回収しました。

違反者側としては違反点数が加算されない方がありがたい話なので、違反が取り消しになるのは願ったり叶ったりのはずです。なので不思議そうな顔をしつつもすんなりと切符を返してくれました。本当は警察側のミスなので頭を下げてでも切符を回収したいところなのですが、うまくごまかせました(笑)警察官はハッタリが全て!

運転開始直後のシートベルト違反(運送業者に限る)

宅配など頻繁に発車・停車を繰り返す事業用車両の場合、前の配達先から次の配達先までの短い距離の間(おおむね100メートル程度)であれば「座席ベルト装着義務違反」で切符を切られることはありません。

短距離を移動するたびにいちいちシートベルトを着けたり外したりするのは面倒くさいですし、100メートル程度の短距離移動であれば危険な速度にまで加速することもありません。そもそもシートベルトは運転者自身の命を守るためのものですから、シートベルトをしていなかったとしても事故を起こした際に困る人はいませんからね。

ただし、運送業者がこのパターンで警察官に見つかった場合は、前の配達先の配達伝票と、次の配達先の配達伝票を見せる必要があります。業務上必要な短距離移動をしているだけだと証明するためです。

一時停止での不停止

見通しの悪い交差点での一時停止違反は警察官がよく張り込んでいる”狩場”です。

一時停止の告知基準は「停止線の手前およそ30メートル地点から、速度を落とすことなく時速30キロメートルで停止線を通過した」というものでした。

教習所で習ったように完全に停止してから左右の安全確認をしてはいないものの、

  • 交差点の手前で十分に速度を落としている場合(「停まった」とゴネられてトラブルに発展する可能性が高い)
  • 停止線の手前10メートル程度の地点にある横道から出てきたばかりの場合(右左折してきたばかりのため停止線の存在に気付いていない可能性が高い。右左折してきたばかりなため速度が出ていない。)

には取り締まっていません。

一時停止の標識と停止線の存在を発見できているであろうはずの位置から速度を落とすこともなく、「どうせ誰もいないし急いでいるから通過しちゃうぜ!」という順法精神のカケラもない舐めた奴らだけを取り締まります。違反者自身が違反していることに対する認識があるかないかを判断するために「停止線の手前およそ30メートル地点から、速度を落とすことなく時速30キロメートルで停止線を通過した」という告知基準を使うんですね。

 

ちなみに一時停止における「停止の定義」は、すべてのタイヤが完全に停止している状態を指します。

そのため一時停止の手前でブレーキを踏んで速度を緩めただけでは一時停止したことにはなりません。すべてのタイヤが完全に停止していないからです。運転免許を持っている人なら全員が教習所でもそのように教わったはずです。

そしてバイクの場合だと、すべてのタイヤが完全に停止していたとすれば(停止できていたとすれば)片足を地面に付けずに乗車姿勢を保つことはできないはずです(曲芸師でもない限り、バランスが取れず左右どちらかに倒れてしまう)。つまりバイクの場合、片足を地面に付けて停止していない限りは一時停止違反となります。

微妙なのが片足を伸ばして地面に足を引きずりながら停止線を通過する場合です。この場合はよほど速度が出ていない限りは見逃すことが多いです。本当に速度が出ていたら足を引きずることすらできないだろうし。

告知基準に満たないからといって絶対に安心なわけではない

以上のように交通取り締まり時に警察官が意識している告知基準についてご説明しました。

厳密には交通違反として取り締まれるような事例でも、告知基準に満たない場合は違反者が「俺は違反していない」などと騒ぎ立てて裁判になったり警察に苦情を申し立てたりするのを恐れて取り締まりません。告知基準は一般人に知らされることはありませんが、こういった裏ルールが存在することを把握しておくといつか得することがあるかもしれません。

ただし告知基準があるとはいっても、警察官の中には口が達者でクレーム処理に慣れている人もいます。本来は取り締まらないような場面でも強引に取り締まってくる可能性が絶対にないとは言い切れません。

告知基準はあくまでもウッカリ違反してしまった善良な市民に情けをかけるためのものだと考えていただき、確信犯的に違反するのだけはやめましょう。

警察コソコソ噂話の関連記事